北九州市八幡東区宮の町にある蓮の寺、浄土真宗本願寺派 廣照山 慈光寺の光慈くんのブログです。

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宮ノ下遺跡

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宮ノ下遺跡

 本遺跡は、眼下に板櫃川と槻田川(旧金山川)が流れる丘陵上にいちしています。
平成26年11月に門徒会館改築工事に伴う発掘調査が行われ、 弥生時代中期頃の竪穴住居跡や、古墳時代から江戸時代の建物跡などが発見され、多くの遺物が出土しました。
 最も古い遺物は、今から2万年前の後期旧石器時代の石器です。当時は、石器を先端につけた道具を使い、近くの山や川で食糧を得ていました。
 稲の穂先を摘み取るための石包丁や、木を切り倒す道具である石斧など弥生時代の石器も多数見つかっています。板櫃川の水を利用した米作りが行われていた事を示す資料です。
 また、畿内(現在の関西地方の勢力)との関係を裏付ける邪馬台国時代の庄内式土器や布留式土器なども見られます。
 最も新しい遺物は、平安から室町時代の中国製や朝鮮王朝の陶磁器、江戸時代の土器類です。
宇佐神宮領の記録である『宇佐大鏡』(鎌倉時代)に、「南ハ限ル高坏山」とあり、この地域は宇佐神宮領到津荘であったことがわかります。中国製の遺物からは、この地に暮らす人々の豊かな暮らし振りがうかがわれます。米作りによって安定した生活を確保し、板櫃川と金山川が合流する交通の要衝地であるという第二の地の利を生かし、力を蓄えていったことがわかります。

(文責 北九州市教育委員会)




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